皆さん、こんにちは。第5回のブログを担当する古田です。
近頃一気に暑くなってきました。私は暑さにも寒さにも弱い人間なので、今からもっと暑くなると思うと大変恐ろしいです…。体調に気をつけて今年の夏も乗り切りたいと思います!
【前座】
今回は私が、「書道」についてお話しさせていただきました。
私は小学2年生から習字を習っていて、高校の時も書道部に所属しており、書道には馴染み深い人生を送ってきました。
そのため、書道の中でも私が今までやってきた”臨書”の分野についてお話ししました。
臨書は古典をお手本として書写することを指します。特に中国の古典を書写することが多いです。
字体によってお手本とする古典作品は変わってきまして、基本的な楷書である「九成宮醴泉銘」や行書の「蘭亭序」と有名どころを紹介しました。しかし、同じ楷書や行書の古典作品でも作品によって文字に特徴があります。お手本に選ぶ古典作品でも、人となりが出るのが臨書の面白いところです!
また、私が高校3年間で特に臨書していた草書の「十七帖」を紹介した際に、使っていた筆も紹介させていただきました。筆の素材にも色々あり、馬や羊の他に孔雀の毛を使ったものもあります。素材によって柔らかさや書きごごちが全く異なるので、書く字体によって筆や墨の濃さを変えて書写していきます。
ただ写すだけのような書写ですが、全く同じに書くのは大変難しく、練習が必要不可欠です。ですが、だんだんと書く字に自分らしさが出てきたり、線やバランスが美しく書けるようになったり、面白い部分がたくさんあります。
自分と向き合える良い時間にもなるので、ぜひ機会があれば臨書にチャレンジしてみて欲しいです!
【3限】第7章:性格描写 第8章:アイロニー
今回は飯尾さんが3限、4限と共に発表を行ってくださいました!
前回に引き続き、「批評理論入門『フランケンシュタイン』解剖講義」(廣野由美子 著)の分析を行いました。
まず、第7章では登場人物の性格描写について述べられていました。
小説は登場人物を造形する場であり、造形には性格描写が不可欠となります。
E.M.フォースターは人物描写の観点から登場人物を「平板な人物」と「立体的な人物」に分類しています。
「平板な人物」とはいつも一様の描き方しかされておらず、いかなる場面も同様である人物、「立体的な人物」は描かれている面とは異なる、描かれていない部分や見えない部分を感じる人物のことです。
上記のように様々ある人物の性格描写は、イギリスの小説家たちに重視されてきました。
もちろん『フランケンシュタイン』もその一つです。
『フランケンシュタイン』では主人公を筆頭に人物たちの性格が描かれると共に、その人生が彼らの性格によって運命づけられていることを示唆しています。
第8章ではアイロニーについて述べられていました。
アイロニーとは見かけと現実の相違が認識されること、そこから生じる皮肉のことです。
本書では「言葉のアイロニー」、「状況のアイロニー」、「劇的アイロニー」が挙げられていました。
「言葉のアイロニー」は表面上述べられていることとは異なる意味を読み取らせようとする技法です。
『フランケンシュタイン』では名前を持たない怪物に対して、老人が「あなたは誰なのですか」と呼びかけた言葉が言葉のアイロニーとして現れています。
「状況のアイロニー」は意図されたり予想されたりすることと実際に起きていることの間に相違がある場合を指します。
『フランケンシュタイン』では、ウォルトンが姉に送った手紙において状況のアイロニーが現れていました。
「劇的アイロニー」はある状況に関する事実と、その状況についての登場人物との認識が一致していないことに観客が気づいた際に生じるアイロニーのことを指します。
『フランケンシュタイン』では婚礼の日において怪物の言葉に対してのフランケンシュタインの受け取り方にアイロニーが現れていました。
ここで、アンジャッシュのすれ違いのネタを見ながら「状況のアイロニー」と「劇的アイロニー」の違いについて考えました。アンジャッシュのネタでは、2人が同じことを話していると考えながら全く違うことを話しています。
このすれ違いを私たち(読者)が認識しているので、これは「劇的アイロニー」と言えます。
しかし、読者がいない状態では「状況のアイロニー」、「劇的アイロニー」の区別はどうつけたら良いのでしょうか。これは、そのすれ違いの状況に時間差があるかないかで説明できるのではないかという結論に至りました。
状況のアイロニーであるウォルトンの手紙は、1枚目の手紙と2枚目の手紙に時間差があるのに対し、アンジャッシュのすれ違いネタはすれ違いに時間差はほぼなく連続的に続いていきます。
この違いによって「状況のアイロニー」と「劇的アイロニー」について腹落ちすることができました!
【4限】昔話の形態学
この時間では、ウラジーミル・プロップによる昔話の形態学の分析を行いました。
この理論は魔法昔話から不変の要素であり、根本的な構成要素である「機能」を抽出し列挙したものです。魔法昔話には31もの機能があります。
今回はその機能を見ていく中で、理解が曖昧な機能を『鬼滅の刃』を参考に理解を深めていきました。
特に『鬼滅の刃』が参考になったのは、17つ目の標づけの機能ですね。この機能は闘いを経て体に何か(傷やハンカチ)が残ることなのですが、これは主人公が主人公たる理由づけの役割を果たします。これを私は炭治郎が発現させる痣が当てはまるのでは?と考えたのですが、これは他の登場人物にも当てはまり、主人公特有とは言えません。
飯尾さんとも話し合い、炭治郎だけが使える「ヒノカミ神楽」がこれに当てはまるのではと考えました。これは技ですが、闘いの中で得られる技でもあるため、標づけとして成立すると結論づけました。
『鬼滅の刃』は社会現象にもなった作品ですが、昔話の形態学を理解するのにもすごく役立つ作品だと改めて感じました!
以上で今回のブログを終わります!