Thesis

【2期生】
三宅萌木「なぜ映画『わたしを離さないで』で描かれるルースの最期は残酷なのか」
 読んだことのある小説が映画化されている。小説で読んだあの場面はどのような映像になっているのだろうと映画を観ると、原作の小説と台詞や表現、細かな設定が変更されていることに気が付くことはないだろうか。しかし、よほどの原作ファンでない限り、映画化に伴って起こる細かな変更は映画の上映時間の事情によるものだと考え、執着しないのではないかと思われる。そこで、本稿では小説を映画化するに伴って起こった細かな変更点に目を向けたいと思う。
本稿はカズオ・イシグロの長編小説『わたしを離さないで』とそれを原作とする映画を比較する。「小説と比較して、なぜ映画の中で描かれるルースの最期は残酷なのか」をテーマに設定し、映画の中に内包されるイデオロギーをあぶり出すである。まず第1章において小説と映画のストーリーの比較を行い、映画化に伴う変更点を洗い出す。第2章で本稿における論点の整理を行う。第3章、第4章、第5章でストーリー比較から見えてきた要素を取り上げ、より丁寧に比較していく。第6章で映画に見られるイデオロギーを探る。最後に結論として、これまでの分析を踏まえたうえで、「なぜ映画の中で描かれるルースの最期は残酷なのか」を考察する。

板橋洋子「青春小説における自己把握 ― 適切な自己イメージに至るためのトライアル ―」
 近年、「生きづらい」と感じる若者が増加している。それと同時に、「自己肯定感」という単語を耳にする機会が増え、「自己肯定感を抱くことが必要」としきりに言われるようになった。しかし本当に自己肯定感を抱くことは必要なのだろうか。
本稿ではその疑問に答えるため、「自己把握」という、他者の存在を必要とすることなく自分自身を認識する過程が存在すると仮定する。そして既存の心理学の「セルフ・エスティーム」や「自己肯定感」といった概念の持つ問題点を指摘し、現代の若者の抱く「生きづらさ」を解消する方法について考察する。
第1章において心理学の分野における「自己肯定感」と「セルフ・エスティーム」について定義づけを行い、現状の心理学における問題点を指摘する。さらにその問題点を解消するに有効と考えられる「自己把握」という新たな概念について提唱・説明し、第2章~第4章で「古典部シリーズ」、「小市民シリーズ」、『ボトルネック』の分析を通し、その有用性を証明する。第5章において、分析を踏まえて「自己把握」について特徴等を整理する。第6章で「自己把握」の意義を提示し、その有用性を証明する。

清水智美「芸術との対峙で表面化する「想像の共同体」~ 鑑賞者の国民意識を揺さぶる春画・戦争画 ~」
本稿は、絵画や彫刻をはじめとした「芸術」の価値とナショナル・アイデンティティの関わりを明らかにするものである。アメリカの社会学者ベネディクト・アンダーソンは、ナショナリズムによって形成された国民国家を「想像の共同体」と呼び、これに博物館が深く関係していることを指摘した。
公的な美術館や博物館、およびその収集資料である文化財は、人々のナショナル・アイデンティティに大きく影響し、人々の精神を支えている。この関係性は、ある作品を「芸術」に押し上げることが出来るのと同時に、作品が担うイデオロギーごと「芸術」から引きずり下ろしてしまうこともある。その例として本稿では、日本の春画や戦争画に対する評価が、時勢にあわせて大きく変化してきたことを論じ、この現象とナショナリズムの切り離せない関係性を示した。
普段は鳴りを潜めている鑑賞者のナショナル・アイデンティティは、芸術作品と対峙したときに表面化する。博物館や美術館という制度は「想像の共同体」の存在を明示することで、この効果をさらに強化する。その結果、意識的・無意識的に関わらず、鑑賞者は芸術との対峙によって、自身の国民意識との対話を促されているのである。

日高華英「物語の構造に隠された作品の魅力 ― 映画『ハリー・ポッター』シリーズは単なる魔法物語にとどまらない ―」
『ハリー・ポッター』は、小説・映画ともに約10年におよぶシリーズ作品である。本稿では、映画『ハリー・ポッター』シリーズの特徴を明らかにするべく、構造主義の文脈で培われてきた批評理論を援用し、作品の物語分析を行う。具体的には、第2章でロシアの民俗学者ウラジーミル・プロップが提唱した昔話の「31の機能」を参照し、映画『ハリー・ポッター』シリーズが物語の普遍的な構造を有しているかどうかを検討する。なかでも、第3章において「加害」機能に注目することで、シリーズ各作品の構造的な相違について論じる。次に、第4章では、ドイツの文学者マックス・リュティによるヨーロッパの魔法物語の分析を踏まえ、映画『ハリー・ポッター』シリーズに登場する「呪具」が、魔法物語に欠かせない典型的な「呪具」と合致するかどうか検討する。最後に、第5章では、プロップの31の機能のうち「出立」と「帰還」に注目し、映画『ハリー・ポッター』シリーズ各作品において主人公のハリーにとって“家”の役割を果たす場所はどこなのか検討する。これらの分析をもとに、映画『ハリー・ポッター』シリーズ全8作のうち、1~3作目、特に敵対者のいない3作目はシリーズにおける構造的な役割を果たしているのだろうか、という疑問があったが、シリーズ全体を通して活躍する「呪具」に注目することで、1~3作目の重要性を見出した。また、主人公ハリーにとって“家”の役割を果たす場所の完成の過程に注目することで、さらに3作目の重要性を見出した。以上のことから、映画『ハリー・ポッター』シリーズは、多くの人に受け入れられやすいという普遍性だけでなく、典型的な物語とは異なる独自性と複雑さをもっていると考察した。

広告