11期生 第1回 映像作品における『構図』

皆さん、こんにちは!

久々の更新となりました。

11期生の井上紬です。

このたび4年生に進級するとともに、ゼミで学習する理論も、文学を対象にしたものから映像作品を対象にしたものに移りました。

今回はその第1回ということで、映像作品における『構図』について、本ブログにまとめたいと思います ^_^

本日の理論:『Film Analysis』第1章「構図」

分析対象:『第三の男』(キャロル・リード監督)

皆さんは、映画において「構図」とは、ストーリーにどのような意味をもたらすと考えますか?

今回扱った図書『Film Analysis』の著者(マイケル・ライアン、メリッサ・レノス)によれば、

「構図」、つまり、画面上の密集率・登場人物の位置や大きさ・演者の配置などは、登場人物同士の関係性を表したり場面の強調をしたりする意味をもたらすといいます。

これは具体的にどういうことなのでしょうか。

たとえば、画面上に登場人物が密集している様子(タイトなフレーム)からは「抑圧」や「強さ」のイメージが読み取れます。

一方で、広大な背景に対して登場人物がぽつんと佇んでいる様子(ルースなフレーム)からは「空虚さ」や「脆弱さ」のイメージが読み取れるというのです。

文章にするとわかりづらいかもしれませんが、実際にこのような映像を目にしたとき、確かに私たち視聴者はこういったイメージを抱いているような気がします。

密集率以外にも、【重要人物はフレームの中央か上半分に置かれている】のに対して【従属的な人物は下半分か端の方に置かれる】といった位置の問題や、【背景(の人物)の存在によって前景の人物の属性を際立たせる】といった大きさの問題もあり、次何か映画を観るときには「本当にそうなの?」と確かめたくなってきますね。

フレーム内にいる登場人物たちの秩序をみるという点では、シンメトリ/アシンメトリの概念も重要になってきます。

シンメトリといいますと、最もイメージしやすいのは軍事パレードの様子でしょうか。

一糸乱れぬさまから伝わってくるように、シンメトリの構図には統一や調和、規律の厳格さや融通の効かなさといった意味合いがあります。

また、シンメトリという語から「上下または左右が対照的な構図」だけを想像されるかもしれませんが、決してそれだけには限らないのもポイントです。

たとえば、映画『ミルドレッド・ピアース』において、4人の登場人物(女・彼女とよりを戻そうとする男・女の母・女の妹)がフレーム内に収まるシーンがあるのですが、このとき(女)と(彼女とよりを戻そうとする男・女の母・女の妹)が1:3で対立しているかのような構図がとられています。

しかしよく見てみると(彼女とよりを戻そうとする男・女の母・女の妹)は背の順で横一列に並んでおり、ある意味で不自然なのです。

つまりこの構図は、よりを戻したい・戻してほしい(彼女とよりを戻そうとする男・女の母・女の妹)と、そうは思っていない(女)という対照。

このような場合もシンメトリと解釈されることから、私たちゼミ生は、

シンメトリという構図を「パワーが均衡している様子」と説明することにしました。

一方でアシンメトリは、不道徳や裏切り、嘘や殺人などを表現する場合に、光と影のコントラストを作る構図です。

以上を踏まえて、ゼミでは最後に、映画『第三の男』の分析を行いました。

今から70年以上前の作品とは思えないほど、光と影の表現が前衛的な名作。

ラストで女性が並木道を歩いてくる長回しは、それこそ「ルースなフレーム」として読み取れますね。

また、印象的なのは観覧車にて主人公・ホーリーと死んだはずの『第三の男』・ハリーが対話するシーン。

ハリーがホーリーのもとにやってくるとき、ハリーの背景にある遊園地の様子は閑散としていて「空虚さ」や「脆弱さ」を感じさせるのですが、ホーリーとの熱い問答を繰り広げたあと、ハリーが姿を消していく遊園地の様子は賑やかで、彼が物語において「強さ」を取り戻したことがこの一連の流れから読み取れます。

今回は第1回ということもあり手探りで進めてしまったため、物語全体の解釈にはおよびませんでしたが、「構図」に着目してみる映画は、それまでとは違った様相を見せてくれると感じました。

皆さんもぜひ次見る映画では「構図」を意識して観てみてくださいね!

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