夏合宿3日目

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
今回は、夏合宿3日目についての報告です。
執筆担当は提中です。

夏合宿3日目は、夏合宿のメイン・前期の課題論文の構成発表を行いました。
ゼミ生は、各々合宿前に論文のアウトラインを作成し、合宿でそれぞれのアウトラインの発表を行いました。

発表会は朝の9時からの開始でした。
皆、前日までの合宿の疲れが抜けず、朝食時は眠そうな顔をしていましたが…

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発表会が始まるとすっかり集中モードに。
発表の順番は、最初に3年生、次に4年生という順番で行いました。

アウトライン発表に10分、ゼミ生同士での意見交換に20分と、
1人約30分程度の発表時間を目安にスケジュールを組んでいたのですが…

アウトラインに関して、「ここはこうした方が良いのでは?」「この部分が分かりにくいかも」など、アドバイスや議論が盛り上がってしまい、結局1人1時間ほどの濃密な発表となりました。

17時過ぎを終了予定としていた発表会でしたが、白熱した議論により、
全員の発表が終わったのは夕食を挟んで20時過ぎでした…。
途中に何回か休憩を挟んではいたものの、長い時間集中していたため、
発表会が終わった後はどっと疲労感が押し寄せてきました。

しかし、たっぷりと時間をとったことで、自身のアウトラインに対して沢山のアドバイスをもらうことができ、また他のゼミ生のアウトラインを見ることは、とても勉強になりました。
今回の発表会で初めて、他のゼミ生がどのようなことに興味があり、どのような論文を書きたいのか、ということを具体的に知ることができ、大変興味深かったです。特に4年生の先輩方の発表は経験豊富なだけあって、学ぶべきところが多く、勉強になりました。
ゼミ生全員が一人一人のアウトラインに対して親身になって考え、意見を交換し合うことができ、
とても良い発表会になったように思います。

発表会が終わった後は、ゼミ生全員で星を眺めました!

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清里セミナーハウスでは、周りにあまり建物がないこともあり、
天の川が見えるほど星が綺麗に見えました。
皆で夏の大三角形を探したり、北斗七星を探したり…(結局星が多すぎてよく分からなかったです笑)

発表会の疲れも、綺麗な星空によって癒されました!
こうして夏合宿3日目は幕を閉じたのでした。

夏合宿 2日目

こんにちは!
横野です!

ブログ溜めすぎて今あり得ないほど反省しています…。頑張ろう…。

さて、夏合宿二日目ですが、ついに!内藤先生がいらっしゃいました!救世主現る!

前日まで3期生5人で議論を重ねていましたが、やはり前期で後回しにするほど皆で悩み抜いた疑問点を全て解決は出来ず…。

内藤先生に前日までの議論内容を報告し、まだ解決していない疑問点を伝えアドバイスを頂きながら再議論しました。
そのおかげで何とか前期の積み残しはほぼ解消しました。ただ、このままではまた忘れてしまうので、更に理解を深めたい新歴史主義などは後期に回すことに。

そして、ここで2期生の方々もいらっしゃいました!清里セミナーハウスに5人きりで寂しく思っていたので、少し嬉しく思いつつお昼ご飯を食べることに。

その後、後期に行うワークショップについてどのように考察を進めるかを話し合いました。
終わったあとは皆くたくたでしたね…(笑)

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皆真剣に話し合っています。

そして、お風呂に入ってゆっくりしたあと、合宿係の提中さんと相田くんのアイディアで花火をやることに!(二人とも色々と手続きや準備ありがとうございました。)

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線香花火をしている図。

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何で飛んだのかは覚えてませんが、皆楽しくジャンプしています(笑)

そして花火を楽しんだ後は、お楽しみの(?)懇親会!

1つの部屋で皆楽しくお菓子やジュースを飲みながら人狼やインディアンポーカー(知らない方は調べてみてくださいね)をして楽しみました。

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3期生の男子2人組。女子が多い内藤ゼミでも、負けることなく個性を発揮しています!

次の日も朝からやることがたくさんあるのですが、皆テンションが上がって少しだけ夜更かしをしてしまいました(笑)

そんなこんなで、2日目は無事に終わり。
3日目はいよいよ論文の構想発表。皆どきどきしながら眠りについたのでした…。

夏合宿 1日目

 お久しぶりです。内藤ゼミ3年の前田です。
 来る8月28日(日)はいよいよ合宿当日、というわけで清里セミナーハウスへ行ってきました! 都会の喧騒を離れた静かな山奥にたたずむその場所は、意外ときれいな場所でみんなテンションがあがりました。大学の厚生施設って、意外と力が入っているんですね。

 さて、合宿中にやることはたくさんあります。期末論文のアウトラインの共有・発表や、前期授業の振り返り、今後の見通しを立てるなどを、この合計4日間で消化しなければなりません。
 とはいえ、実は各々のスケジュールの都合上、初日は我々3年生しかいません。よって全体で話し合う内容は後回しにして、まずは前期ゼミ議論の積み残しを消化することにしました。今まで様々な批評理論についての議論を課せられてきたのですが、時間内に終わらなかったものも数知れず……というわけで、それらを完了させることにしました。ただ時の流れとは恐ろしいもので、そもそも何が終わらなかったかを誰も覚えていないという異常事態が発生しました。なんとか思い出そうと各自の資料を掘り返したり、その整理に思いのほか時間がかかったりで、大騒ぎでした。でもそのことがきっかけで、授業資料をアーカイブ化するというアイデアがあがったので、まぁ結果オーライでしょう。その後のリマインド作業には、意外にもブログの記述が役に立ちました。初めてブログの意義を実感できた瞬間でした(笑)ようやく積み残した内容を思い出したのですが、当然それらは難物ばかり。みんなウンウン唸りながらも、ようやく消化し終えました。特に『新歴史主義』に手を焼かされた覚えがありますね。
 そして前期の内容に基づいて、後期の授業内容の計画を行いました。我々3年生はちょうど5人なので、それぞれの興味関心に基づいたトピックを一つずつチョイスして、詳細な内容については次の日に内藤先生の指示をあおぐことにしました。
 これにて合宿初日が終了しました。限られた時間で濃密な内容を話し合えたことによる充実感と、明日以降へのかすかな不安を残して、若人たちの夜は明けていくのでした……。

春学期第14回ゼミ

春学期第14回ゼミ(春学期最終)

秋学期が始まりましたね。課外授業、ゼミ合宿や夏季課題に追われていて、すっかり春学期最終ゼミのブログ更新を忘れていました相田です。そろそろ言い訳も見苦しいですが、秋学期はちゃんと更新できるよう、誠心誠意努力いたします。

今回の授業では、まず4限が「文体論的批評」、「透明な批評」の2点。5限は前回の授業で取り扱った「新歴史主義」について深めるため、ミシェル・フーコー著『知の考古学』を読み解きました。

4限では、まず「文体論的批評」についてから議論を行いました。「文体論的批評」は、テクストにおける言語学的要素に着目し、作者が文やテクスト全体の中で言葉や語法、文法などをいかに用いているか分析する批評理論になります。要は、作者がこの作品を描くにあたって用いた言語、並びに文法や語法、単語に意味を見出そうとする批評理論になります。
『フランケンシュタイン』でも、文が長く構造が複雑な部分や文が短く、簡潔な部分など、その場面に応じた文体、文章の区切りが見受けられます。しかし、私達が資料として読んできたのは和訳であり、また作者が前面に押し出されていることからもわかるように、少しこの理論が提唱されたのは古いようです。文章構造や単語の選択から何かを読み取る、批評することで作者の意図などを読み取るという意義は理解できたので、次の批評理論へと進みました。
「透明な批評」では、テクストを客体として見る批評を「不透明な批評」、作品世界と読者自身の世界の仕切りを外し、テクストの中に入り込んで論じる批評を「透明な批評」と分類する批評理論になります。個人的には、『フランケンシュタイン』においてほとんど登場しないヴィクターの弟、アーネスト・フランケンシュタインの今後や、怪物が黄色いと表現される背景を論じることに興味はありましたが、具体的な論証を得ることの難しさと、汎用性が高すぎることからもわかる通り、この批評理論も提唱されたのは昔のことのようです。

5限では、4限の議論とは桁違いに難解かつ白熱した議論になりました。今回の議題は前回議論した「新歴史主義」の応用です。
新歴史主義が、従来の考古学といった歴史主義で言うところの歴史が絶対の基準であるという点を崩し、文学や自然科学も歴史足りえるということを伝えたいのかなぁという、漠然とした考えでしか理解がいかないように感じました。
議論後半、歴史は「一枚一枚大きさや味や色が異なるチップスターみたいなもの」という突拍子もない意見が出、場を沸かせましたが、よく考えるとそれが一番わかりやすい表現なのではないかとなりました。「歴史」というものは、時間という概念での一貫性のあるものではなく、何かしらの出来事の階層のつながりではないかというのを示すために、実際チップスターというのは言い得て妙ではないでしょうか。
こんなにも迷走した議論でしたが、まあ、決着を見ることはなく、合宿へ持ち込みとなるのでした…

ゼミ合宿の様子もブログとして発表しますので、こうご期待です!!

課外授業:目黒シネマインタビュー

こんにちは!執筆担当の室です。
今回は、夏季休業中に行った課外授業についてのご報告です。

8月26日、目黒シネマを訪問し、支配人の宮久保さんにインタビューを行いました。

今回はインタビュー調査ということで、事前にゼミ生で質問事項を準備しました。
準備では、「人生班」「映画班」の二班に分かれ、それぞれ「宮久保さんご自身について」「目黒シネマについて」という観点から質問を考えました。

目黒シネマでは、上映作品に合わせてロビーで展示を行ったり、スタッフの皆さんでコスプレをするなど、独自の取り組みを多く行っています。
そういったユニークな取り組みに対する考え方や、その発想につながる宮久保さんご自身の考え方などを探りたいという思いから、質問を考えました。

大手のシネコンが多くなり、名画座は少なくなっていますが、目黒シネマは「シネコンとは違う映画館にする」という考えで、様々な取り組みを行っています。
また、目黒シネマの人気の裏には、地道な取り組みがあることもお話しいただきました。

宮久保さんによれば、今まで上映した映画のポスターをすべて保管してあるだけでなく、毎日映画に関する新聞記事を切り取り、保管しているそうです。
こうして、どの作品を上映しても、その作品に関連する展示ができるようにしているとのことでした。
一本一本の映画に対し寄り添っていくような目黒シネマの取り組みが、シネコンにはない魅力につながっているのだと感じました。

また、スタッフの意見を積極的に取り入れているということもお聞きしました。
宮久保さん一人で決めることはせず、アルバイトも含めたスタッフの意見も参考にしているそうです。
「頭は固くなるものだから」とおっしゃる宮久保さんの言葉は、これから論文を書いていく中で、心にとどめておきたいと思いました。

当日は映写室も案内していただき、予告編を実際にフィルム上映していただくという、貴重な体験もさせていただきました。
宮久保さんの朗らかな人柄にも触れることができ、とても楽しい時間になりました。

宮久保さん、スタッフの皆さん、ありがとうございました!

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春学期第13回ゼミ

どうも。このページでは初、通算三回目の投稿となる今回のブログ担当・前田です。いよいよ春学期ラストも近い第13回目では「ポストコロニアル批評」「新歴史主義」「オリエンタリズム」を取り扱いました。

「ポストコロニアル批評」とは文学作品を対象とする第三世界の分化研究を指します。『フランケンシュタイン』ではトルコ人や東洋の言語など研究に最適な要素が多数登場し、それらはしばしば西洋的要素と対比されます。例えばトルコ人の父娘が作中に出てきますが、父親は偏見をもって書かれているのに対し娘のサフィーはキリスト教徒という西洋的価値が付加されているためか肯定的に描かれています。このような西洋と東洋の対比の話は後述する「オリエンタリズム」と大きく関わってきます。

「新歴史主義」とは、歴史主義が発生してからニュー・クリティシズム、読者反応批評、ポスト構造主義へ至る道筋の中でいずれも作品の歴史的背景が無視されているという点を受けて生じたものです。歴史を従来の歴史主義的に考えると、歴史を認識するうえで歴史書や科学書などの学術的なテクストのみが信頼におけるものとされ、それらに記された出来事が重視されてきました。だが新歴史主義では歴史をより広範なものと捉え、文学テクストも歴史の判断材料とすることで一種の社会科学として位置付けています。こうすることで文学テクストと他の領域のテクストの境界を取り払うという見方も可能となるわけです。

「オリエンタリズム」とはすなわちオリエント(東洋)と西洋とのあいだに設けられたものを論じる思想様式を指しますが、この「オリエント」という概念は東洋そのものから発生したものではなく、実は西洋人によって作り出されたものなのです。さらに言えば、ヨーロッパ文化のアイデンティティ確立のためにオリエンタリズムを論じる必要があり、そのためにオリエントという概念が作られたと言えます。つまり言葉とイデオロギーが先にあってその後にイメージが作られるわけです。この関係性はセックスとジェンダーの関係とほとんど同じですね。そしてオリエントとオリエンタリズムを分ける言説を分析し、対応関係を論じないのが最大の特徴です。

春学期のゼミ議論も残すところあと一回となりました。出来る限り負債を合宿に持ち込まないようにもうひと踏ん張りです! ではまた次回でお会いしましょう。

いよいよ再始動

内藤ゼミ・文学理論研究ブログが装いを新たに再始動しました!
長らくお待たせしてしまい申し訳ございません

これを機に心機一転しこれからも各自の研究に取り組んでいくつもりです。
これからもご愛読の程をよろしくお願いいたします。