みなさん、こんにちは!今回のブログを担当する飯尾です。
やらないといけないことを後回しにしてしまい、生活リズムが崩れ、学校生活も就活もグズグズになっており、激焦り中です。毎日のやることリストを作って、確実にリストを埋めていけるように行動したいと思います。頑張ります。。。
それでは早速ですが、授業の内容に入っていきたいと思います。
前座
今回は日本刀について紹介しました。たまに博物館、美術館に刀剣を見に行ったり、地方に観光に行った際は必ず歴史博物館に行って刀剣を見たりしています。鑑賞する際はいつも、その展示の中でどの刀剣が一番好きかを理由もともに考えるようにしています。私は特に長くて細い姿のものや、大慶直胤の皆焼刃(ひたつらば)が好きです。
日本刀は、鋭い切れ味だけでなく、美しい反りや繊細な刃文(はもん)、そして刀鍛冶の卓越した技術が息づく日本の伝統工芸品です。一本一本に異なる個性や歴史があり、武器であると同時に芸術作品としても高く評価されています。初めて日本刀を鑑賞する際は、まず全体の姿やバランスを楽しみ、次に刃文に注目してみましょう。刃文とは、焼き入れによって刃に現れる波や直線などの美しい模様で、日本刀ごとに異なる表情を持っています。
3限
古田さんの発表でした。
廣野由美子著『批評理論入門 フランケンシュタイン解剖講義』
6 フェミニズム批評
フェミニズム批評では、性差別を暴く批評として、男性作家のテクストを女性の視点から批評する方法、対して女性が書いたテクストを体操とする「ガイノクリティックス」、女性と言語の関係といった様々な批評方法がとられている。『フランケンシュタイン』に用いると、作者の環境と作品の関係や、テクスト内における女性の登場人物の言動、そして女性である作者の精神的な部分とテクストとの関わりにおいて女性であることが大きく影響していると捉えられる。
ゲイ批評やレズビアン批評、フェミニズム批評はこれまでのテクストを、男性の物語、異性愛の物語だとそれだけで読まないでという動きであったことに価値があり、それによって我々は読みの選択肢が増えているといえる。
7 ジェンダー批評
ジェンダー批評とは、性別とは社会や文化によって形成された差異・役割とみて、両性を連続的なものとして捉える。ゲイ批評、レズビアン批評、クイア批評が挙げられる。『フランケンシュタイン』では、ゲイ批評の視点からフランケンシュタインとクラヴァルの関係は特別な親密さが含まれていると捉えられ、レズビアン批評の視点からジャスティーヌとエリザベスの関係には同性愛的雰囲気が見受けられる。しかし、ここから何が言えるのかを考察しなければ意味をなさず、むしろクイアをあら捜しするような危険が伴う。
4限 ジュディス・バトラー『パフォ―マティブ・アクトとジェンダーの構成』
ジェンダーは実体ではなく、歴史によって示された可能性により抑圧・規定された状況下で自身のジェンダーを、身体を通して演じることである。その規範は沈殿しており、身体のスタイルはジェンダーによって構成されているが、そのことは身体を二分した生物学的な性へと自然に配置したものであるかのように見える。女性らしさや男性らしさといったジェンダーは、そういった観念があるのではなく、身体を動かし続けることによって具体化されているのである。規範に外れないように生き抜くために、ジェンダーを演じる必要があるのである。
フェミニストと近しいものが感じられるかもしれないが、フェミニストは女性を擁護することが男女という二分をより強固なものにしている点で異なる。
以上が第12回の授業内容です。フェミニズム批評やジェンダー批評は、用いやすい一方で、そこからなにが言えるのかをきちんと考察しなければ危険をはらむ可能性があるため、この理論を用いるのには少し気を付けなければならないと思いました。
飯尾