7期生研究発表会がありました

もうひと月くらい前のことになってしまいました。今年度も滞ってます。7期生徳村です。

表題の通り、7期生の研究発表会が先月くらいに行われました。我々7期生が3年次の秋学期に執筆したレポートが、先生やゼミの先輩方によって誉められたり、あるいは詰められたりする、非常に充実した発表会になったと思います。いただいたご感想やご指摘は、今後の卒論執筆に活かしていきたいです。

私は今回も村上氏にめちゃくちゃ詰められてタジタジになっておりました…。村上氏のレポートってなんかパワーがすごくて、その力強さって自分には無いものなので圧倒されてしまって「すげえなあ…」という感想しか抱けないんですよね。今回の研究発表会でも、改めてこの人は私に無いものを持っている人だなあと思いましたし、同時にあの人にないものを私が持っているような気もしました。人間を足して2で割れるようになったら、我々は真っ先に足して2で割られるんじゃないかと思います。でもそうやって生まれるのは、ちょっと薄味の全く同じ二人の人間なんだと思うと、やっぱり人間は足して2で割られるべきじゃないなとも思いますね。違いっていうのを、認め合えたらいいですよね。人類。

あとはホントに、打ち上げで食べたインド料理のことくらいしか覚えてないですね…。村上氏が、カニを美味しそうに食べていました。私はカニよりもエビの方が好きなので、あまりその感情を理解できなかったことだけが心残りです。

あと、今回の研究発表会のために論文集を制作しました。

写真とデザインは私が担当しました。この写真は、夕暮れ時の明治大学和泉キャンパスを撮影したものです。3年生なので本当は駿河台キャンパスの写真の方がいいのかな、とも思いましたが、純粋に好きな写真ですし、私も村上氏も主に和泉キャンパスの図書館で論文を執筆したり資料を探したりしていたので、まあオッケーでしょう。時間がなかったのでワープロソフトのみを使用したシンプルなデザインになりましたが、ゴチャゴチャしたデザインが好きじゃないのでこれもオッケー。参考にしたのは川島小鳥の『おはようもしもしあいしてる』という写真集のデザインです。持ってないんですけどね。

とりあえず研究発表会にまつわる殆どのトピックについては語り終えました。ディテールの甘さに関しては許してください。シンプル謝罪です。だらだら書いているうちにまた次のブログを書かないといけなくなってしまいました。次回のブログは、次の授業が終わるまでには書き上げたいと思っている(思っている)ので、首をなが〜〜〜くしてお待ちください。私も忙しいのです、こう見えて。本当です。

7期生 徳村

2022年度問題分析・解決ゼミ:4月募集の案内

こんにちは。本ゼミへの入室を希望する学生は、情報コミュニケーション学部の事務室の指示に従い、以下の書類を提出してください。

1. レポート: 以下の内容について論じること。

1) 志望理由 2)ゼミで取り組みたいこと(対象・作品があれば,それも示すこと)。

書式:WordもしくはPDF、A4横書き、字数2000字前後

2. エントリーシート: 以下のファイルをダウンロードし、必要事項を記入すること。

2年ゼミ第14回(最終回)「お疲れさまでした!」

こんにちは。2021年度2年ゼミブログの最終回を担当する佐藤杏海です。みなさん、期末レポートお疲れさまでした!今からみなさんのレポートを読めるのが楽しみです。

そして春休みに入って半月を過ぎたところでの執筆になってしまい大変申し訳ないです……。大学生って思ったより忙しいんですね……。昨年はコロナもあってあまり動けなかったし、と予定を入れていたらいつの間にか大変なことになっていました。来年度の目標は計画性にしようかと思います(笑)

さて、最終回のブログは2年ゼミのみなさんからコメントを募り、それを紹介することにしました。

ゼミ生のみなさんには「ゼミについて、感想や内藤ゼミに来年来る後輩へコメントをお願いします。」という質問の回答をいただいています!ゼミ選択に悩んでいる後輩に届くといいな……。

というわけで早速紹介していきます!

・映画・アニメ・漫画・小説・絵画・演劇・ジェンダー・哲学。  この中のどれか一つでも好きな方には超オススメのゼミです!!

・面白いし楽しいです。いろいろな分野に対して熱を持ち知識がある方々と出会えました。貴重な経験になると思います。

・感想: 面白さ半分、難しさ半分という感じでした。 自分が生きてきた中で考えもしなかったアイデアや視点を持つゼミ生の話は非常に為になりました。加えて、毎度ゼミ生のその凄さに舌を巻くばかりでした。 理論に関しては、「え?ん?」みたいなことが多かったです。なんとか理解してやるぞと意気込んでいましたが毎度撃沈。けれども、「こういうことね」と少しでも理解できたときは嬉しく、楽しさも感じていました。 長文を書くことに関しては、少しは苦手意識を克服できたかな~と。まあ、乞うご期待。 ゼミ生の皆様ともうすこし絡んでみたかったなともちょっぴり思います。 ゼミ生の皆様、そして内藤先生。半年間という短い時間でしたがお世話になりました。ありがとうございました。

・後輩へ: 小説や映画などの表象作品が大好きなあなた。レポートや論文などの長文を書くことが好きなあなた。今すぐこの内藤まりこゼミナールへ入室しなさい。後悔はさせないぜ。 一方、小説や映画などの表象作品をあまり興味がないあなた。レポートを書くのが苦手だと思っているあなた。内藤先生はもの凄く優しい人だが入室にはそれなりの覚悟が必要だぜ。ただ、新しいことたくさん学べるからおすすめはするぜ。なんやかんやで俺は耐えたぜ。(笑)

・自分と同じように映画が好き、小説が好き、分析してみたい作品がある、という人たちに囲まれながらもそれぞれが個性に溢れる考え方とか軸を持っていたので毎度毎度なるほどな~と思わされるゼミでした。自分以外のメンバーのリアクションペーパーを見れる講義なんて今までなかったので、人の素直な感想を大量に見れるのがとっても面白かったです。

・内藤ゼミで学んだ半年は決して長くない時間でしたが、他のゼミでは学べない沢山の考え方に触れることができました。おそらく内藤先生は自身のゼミを今後も「ガチゼミ」と呼ぶのではないかと思いますが、怖がらずに飛び込んでみると最高の学びの経験ができるかと思います。ぜひこのゼミという場を活かして自身をアップデートする機会にしてください!

・先生が批評理論をわかりやすく解説してくださるので毎回の授業が刺激的で頭を使います。とても面白いです。また課題で出される授業のリアぺを毎回次の授業の冒頭で先生がコメントをする時間があるので、他のメンバーがどのように授業や理論を受け取ったのかを知ることができ、とても勉強になります。

・授業ではゼミ生同士で意見を共有する場面が多くあるので、自分にはなかった視点や考え方など、新たな発見がたくさんありました。また先生のお話もとても面白いゼミでした。

・半年間のゼミでしたが、今までで一番濃い内容を学ぶことができたと思います。批評理論と論文の書き方を学ぶという授業内容そのものもかなり充実していましたが、何よりもゼミ生の皆の熱量が高く、とても刺激を受けました。映画が好きな人、アニメが好きな人、ジェンダー問題に関心のある人、プレゼンが上手な人、論理を緻密に立てられる人、独自の視点を持っている人…ゼミ生のみんなは必ず自分だけの強みを持っていると感じました。正直最初はそれに圧倒されてしまいましたが、自分にできることは何か、足りないものは何かを考えるきっかけになりました。また、内藤先生のお話も毎回とても楽しく、ゼミの内容に関係ある話もない話も聞き入ってしまいました。  来年のゼミ選びでどのゼミにしようか迷ってこのブログに辿り着いた方は、半年だけでも取ってみると良いのではないでしょうか。自分が何を学びたいかを考えるきっかけになると思います。  短い間でしたが、多くの学びをくれた先生・ゼミ生の皆さん、ありがとうございました。

・親愛なる後輩様へ これをあなたが見るころには私は三年生になっているでしょう。もう卒業しているかもしれませんね。このゼミには変態たちが集ってきます。自分の知らない世界について詳しい人がたくさんいます。ですが落ち込まないでください。この分野ではこの人がすごいという、いびつなグラフを重ね合わせてできる全分野Max値のグラフを見て落ち込む必要はありません。自分も尖りましょう。変態を目指してください。 匿名希望の大学生より

・このゼミでは予習が大変な分、毎週のディスカッションは楽しいし、大変大きなものを得られると思います。一緒に頑張りましょう!

・ゼミ生一人一人の考えが素晴らしく、互いを尊重できる貴重なゼミの授業でした!最初に鬼ゼミと脅されて正直やめようかと思いましたが、耐えれば案外どうにかなります!(執筆進んでない自分が言ってます)あっという間に過ぎる大学生活だからこそ、実りのある授業に取り組んでいくことが大切であると思います!私はこのゼミを選んでよかったです(^^)

・ひとりひとりのやりたいこと、好きなものがかなり確立されているので、前座や構想発表を通じてゼミ生のみんなの多様な思想を学び、新しい世界を知ることができる点が魅力だと思います。

・自分の考えを伝えることは大学生になるとたくさんありますが、こんなに真剣に他の人の考えを聞く機会はなかなかないと思います!大変なところもありますが、レポートの書き方や考え方を一気に学ぶことができるのでとても楽しいです!

ゼミ生のみなさん、回答ありがとうございました!約4か月間の短い時間でしたが、かなり濃く、充実したゼミだったと思います。内藤先生、お世話になりました!誰一人脱落することなく最終レポートを迎えられてよかったです……。

私自身は3・4年ゼミも内藤ゼミです。ですが、他のゼミに行くみなさんもここで学んだことは絶対活かせると思います。折り返しを迎えた大学生活、楽しんでいきましょう!

それでは、また機会があればどこかで!本当にお疲れ様でした!

2年ゼミ第13回「12分の1を駆け抜けろ」

こんにちは、そしてこんばんは。第13回のブログを担当させていただく伊藤 花です。

なんと1月も終わりに差し掛かり、1年の12分の1が過ぎようとしています。時間が過ぎるのはなんて早いのでしょうか、、と軽く挨拶でもしたいところなのですが、これが私には死活問題です。私の今月のTo-doリストには完了するのを待っている学期末レポートが大量に残っています。

…さぁ、ブログ執筆頑張っていきましょう!

早速ですが前置きで外せないのが名前に関する話題。初回の関根さんから始まり、第13回まで来ると私も書かずにはいられません。そこで少々名前についてのお話を。

先日読んだ本の中に「自分のことは心地よく呼ばれたい」という文章がありました。それによると、私たちは名前を間違えられるとどこか心地が悪くなり、訂正したい気持ちになるようです。たしかに言われてみればその通りですね。普段であれば滅多に発言しない学生でも、先生から名前を呼び間違えられると即座に訂正します。

しかし私の「伊藤 花」という名前はそうそう間違えられることがありません。予測変換も楽々です。ところがなんと先日、友人の一人が私の名前を「華」だと思っていることに気づきました。もれなく訂正したい気持ちでいっぱいなのですが、言い出すタイミングが案外難しい。LINEで「華ちゃん」と書かれているのを見るたびにムズムズしてしまいます。

このように考えると、他者から呼ばれる名前というのは私たちにとって非常に重要なようです。それには名前の持つ自分と他者を区別する機能が大きく影響して、、、

ともっと語りたいところなのですが、そろそろ前置きが本題を乗っ取ろうとしているので授業内容に行きましょう。

1.前座

今回の前座を務めさせていただいたのは私、伊藤“花”です。

Netflixオリジナルドラマ「SEX EDUCATION」を紹介させていただきました。

タイトル通り本作のテーマは「性教育」なのですが、私が問題視しているのがまさに日本の性教育事情。適切な性の知識は生きていく上で必要不可欠ですが、日本では「不適切だ」という意見が根強く、まだまだ十分に教育が行われていません。

本作はそんな性教育をエンターテイメントとして世界に発信しています。

私が出演させていただいたPodcastではさらに物語への愛を語っていますので、ぜひ聴いてみてください!(突然の宣伝)

「もやもや大放出CLUB」

[Spotify]https://open.spotify.com/episode/2KjCpviBVdpTuUHPKVZXnw?si=Omz0fY02RzShzHiGRJsYIg

[Apple Podcast]https://podcasts.apple.com/jp/podcast/7-sex-education%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%84%9B%E3%82%92%E5%A4%A7%E6%94%BE%E5%87%BAclub-%E5%89%8D%E7%B7%A8/id1560028567?i=1000537290646

2・学期末発表会

授業も残すところあと1回ということで、今回はゼミ生の半分7名が学期末発表を行いました。以下おおまかな発表内容になります。

1.佐藤杏海さん→「刀剣乱舞」「ヘタリア」の比較から見る擬人化作品の特徴と問題点

2.大胡田愛梨さん→「細雪」における雪子と紗子の表象から見る家父長制

3.坂入夏さん→「チョコレート工場の秘密」分析から見る児童小説

4.松島和佳那さん→実写版映画「シンデレラ」二作品の比較から見るジェンダー規範

5.佐藤舞さん→少女向けアニメ「プリパラ」が描く多様性

6.刑部龍之介さん→アニメ「宇宙よりも遠い場所」における南極の描かれ方

7.竹本光さん→映画「ホーム・アローン」から見る登場人物の人数と物語の関係性

簡単にまとめてしまいましたが、それぞれの関心に基づいた作品選びと着眼点で、個性溢れる発表会となりました。質問や意見交換も活発に行われ、リアクションペーパーを通じても沢山のコメントが集まりました。

ここからはさらに各々分析を進めていき、5000字を越える学期末レポートの完成を目指します。

ということで、まさかの今回の講義内容は以上になります。

明らかに前座が本題で講義内容がおまけのようなブログになってしまったのですが、7名の発表が非常に充実しており、本格的にまとめようとすると書ききれなくなってしまうので何卒ご勘弁を。

7名とも今回の授業からさらにアップデートしたレポートを執筆されるかと思うので、私自身も完成を楽しみにしています。

まるで学期末レポートを書くことが他人事のようになってきましたが、私もそろそろ完了を待っているTo-doリストに戻らなければなりません。

ここまで読んでいただいた皆様、誠にありがとうございました。

…さぁ、12分の1を駆け抜けていきましょう。

7期生ブログ第19回「みなさん(特にあなた)のおかげでした」

ハピニュイヤ。あけましておめでとうございます。徳村です。

またすっかり滞ってしまいましたね。

もう最近はオープニング世間話を考えるのも面倒くさくなってきました。

ていうか、いつからブログの最初はおもしろ世間話する流れになってるんですか!?

個人的にこの本題と全く関係のないオープニング世間話っていうのは、筆者のセンスとか趣向とかが無駄にダダ漏れになっている部分だと思っているのですが、もう最近では段々とプレッシャーになってきています•́ ‿ ,•̀

読者諸君の中にも、「本当はもう本題からスッと始めてしまいたい。。。」「ゼミにあんまり関係ないことわざわざ書く意味が分からない。。。」とブログ執筆のたびにさげぽよ状態に陥っている人がいるかもしれません。

そんなアナタに私は手を差し伸べてあげたい。。。with慈愛。。。慈しむこと。。。愛すること。。。

つまり𝓛𝓸𝓿𝓮。。。

イット・イズ・𝓛𝓸𝓿𝓮。。。𝓨𝓮𝓼。。。

ていうか今思い出したんだけど『恋っていう字は心が下にあるから下心、愛っていう字は心が真ん中にあるから真心』って最初に言ったヤツのこと恋側は訴えた方がいいと思う!うっせーお前に何がわかんだバーカ!!!恋ナメんな!!!

というわけで今回は、7期生ゼミ最長となる3週に渡って行われた『闇の奥』の脱構築批評の様子を、ギュッと凝縮してお届けしていきます!

『闇の奥』は1889年にイギリスの小説家・コンラッドによって発表された小説です。マーロウという船乗りが植民地時代のアフリカ大陸でカーツという人物と出会うことで、自分自身の中にある空虚や闇を悟るというストーリーになっており、植民地主義の凄惨さや人間の闇について考えされられるような作品になっています。

この物語を脱構築批評したのが、今回扱った田尻芳樹氏の『空虚な中心への旅』という批評。『闇の奥』の重要なテーマの一つとして文明/野蛮、西洋/非西洋という二項対立の脱構築を挙げていました。ヨーロッパから見たアフリカは野蛮な他者であり、境界線の外側にいる存在のはずが、マーロウが実際に経験したアフリカの様子や、カーツという人物の存在によってその境界が揺るがされるのです。

また、マーロウの奥地への旅は「暗黒で空虚な中心への旅」であると田尻氏は述べています。田尻氏はその理由として3つのレベルで考察しています。

まずひとつ目に、地理的なレベルでマーロウの旅は空虚であり、それはマーロウ自身がアフリカ大陸のことを暗黒で空っぽな土地であると語っていることからわかります。二つ目に、心理的なレベルでマーロウが探ろうとするカーツの心=中心の中に最後に見出されるのが深い闇と空虚であるということです。さらに、カーツに共鳴しているマーロウ自身の心の闇=空虚に触れることになります。

3つ目に、語りの表現のレベルでもマーロウの旅は暗黒で空虚なものであると言えます。マーロウは「暗黒で空虚な中心」に到達してしまったことによって、自己同一性の崩壊を経験してしまうのですが、そのような人物によって語られる物語は確固たる中心的な意味を持っておらず、それはこの小説が目的論的なテクストの読みを否定し、さまざまな意味と解釈とが複雑に織り合わされたものとしてテクストを読む脱構築的思想を提示しているのです。

このように、脱構築的・脱中心的な思想が濃いように感じられる『闇の奥』ですが、唯一ジェンダーに関しては二項対立を強化されてしまっていると田尻は指摘しています。それは終盤のシーンで、カーツの妻に嘘をつき真実を隠そうとするマーロウに現れています。このシーンでは、男性/女性という二項対立が真実/虚偽という二項対立と重ねられることで、二項の境界線が明瞭に引かれ女性が真実から遠ざけらているのです。

以上が、田尻氏による『闇の奥』の脱構築批評になります。『闇の奥』を読んだことがないと、理解がちょっと難しいかもしれませんね。

そうそう、今回は『闇の奥』だけでなく、本作品をもとにして制作された『地獄の黙示録』にも軽く触れることになりました。序盤の衝撃的なシーンの連発と終盤のジメジメとしたシーンの継続が気持ち悪いコントラストになっていて面白い映画でした。『闇の奥』との大きな違いは戦争映画になっているという点で、人間の心の闇や空虚さというよりも、戦争(今作で扱われたのはベトナム戦争)の空虚さや狂気について考えさせられる作品になっていました。

そして今回の『闇の奥』批評で最も熱を帯びたのは、脱構築批評ではなく夏目漱石の『こゝろ』との比較でした。どうやら夏目漱石は『こゝろ』を執筆するよりも前にこの『闇の奥』を読んでいたようで、村上さんや先生からその共通点が挙げられたことによってこの比較をすることになったのですが、まさか丸々200分をこの批評に費やすとは思ってもみませんでした。200分の議論を全部書き起こすのは私の腕と精神が著しく疲弊するので遠慮させていただきますが、今回は特別にゼミ終了後のホワイトボードをお見せしちゃおうと思います。

ある観点ではクルツ(カーツ)とKが重ねられたりマーロウと先生が重ねられたり、また別の観点ではクルツと先生が重ねられたり、マーロウとKが重ねられたりしているなど、着目する要素によって多様な関係性を見つけることができて面白かったです。こうやって私と村上さんと先生の考察やその場の思いつきで、どんどん議論が深まっていく過程がとてもワクワクして好きですね〜。

さて、私が3年生でブログを書くのはこれで最後でしょうか。ヒーヒー言って滞らせながらなんとか1年間走り切ることができました。よかったー。勢いだけで書いてる故にほとんど怪文書みたいになってる回が数回ありましたが、皆さんが広い心で受け止めてくれたので甘んじまくってやりたい放題やりました。読んでくれた皆さんありがとうございました。

ていうかこのゼミ、ほとんど村上さんのおかげで何とかなってたゼミでした

居てくれてめっちゃ助かりました。ありがとうございました。

何より、帰り道に聞いた村上さんの衝撃的な恋バナの数々は一生忘れません

毎週毎週、結構ドラマチックな展開があるので聞いてて全然飽きませんでした。木曜19時の恋愛ドラマっていう感覚で毎回の楽しみになるレベルです。

あの続き気になるので、また今度聞かせてください。

それでは、私もあなたも誰も彼も、1年間お疲れ様でした!

また曖昧な時期に曖昧な場所で曖昧に会いましょう!

徳村

2年ゼミ第12回「2021年最後の日に綴る。。」

こんにちは!第12回のブログを担当する松島です。なんと!今回年内最後です、、!時の流れが早すぎる、、、

名前の流れをあえてスルーしようと思ったのですが、せっかくの流れなので少しだけ、笑

私の下の名前が「和佳那」でまあ被らない漢字3文字なんですね。文字変換の際は1文字ずつ探す、という手間を毎回かけてます。”わかな”という名前は割と聞きますが、漢字となると当たらないだろう!だと思い、アルバイトの塾講師で担当している中学一年生のクラスの子達に下の名前の文字を当てるクイズを毎週開催しています。もう7.8回くらいチャンスは与えてるのに今だ20人のクラスの子達、誰も当たらず、笑 (中学生なら漢字知らない可能性もありますね) もはや当たる日を待ち遠しく思ってます。

前置きはここまでにして本題に入ります。今回も盛りだくさんでした。毎度毎度ゼミの内容量の多さにはびっくりです!(それほど有意義ということですね)

1.前座

今回の前座は石橋さんです。

“エンドロールの世界”について熱弁していただきました!映画やアニメなどで流し見してしまいがちなエンドロール。しかし、その中にはNGシーンが含まれていたり、作品の伏線が張られていたり様々な魅力がつまっているそうです。私は今まで全然意識していなかったため、作品が終わったあとでも楽しみがあるのか!ともっとエンドロールを見てみようと思いました。色々な作品を紹介していただき、着眼点が面白すぎるととても興味がそそられました!

2.レポートの構想発表

1人目は関根さん。様々な分野で展開される”アラジンと魔法のランプ”の相違点に着目するそうです。たしかに、よく知られているディズニー作品でアニメだけでなく、映画、演劇など広く親しまれているため、それぞれの表現の仕方の違いはとても気になります。ジェンダー観の違いがあるのでは?と問いも浮き彫りになっており、全体の構想がまとまっていそうでした。私も好きな作品なので、どのような分析がなされるのかとても楽しみです!

2人目は伊藤さんです。韓国で話題となった”82年生まれキム・ジヨン”の小説と映画での相違点についてまとめるそうです。偶然にも関根さんと近い構想発表でした。伊藤さんは小説のこの作品に感動して、映画化を楽しみにしていたのに少し期待はずれだったそうです、、どうしてこのような違いが生まれてしまったのか明らかにしたいと思い、今回これを取り上げたと言っていました。もうすでに、内容がまとまりすぎていて素晴らしすぎました、!これからもっと深く分析されていくと思うと、、とても楽しみです!

3.リアクションペーパーに対する応答

時間の都合上、授業では割愛。

授業資料にゼミ生の前回の授業に対する意見がたくさん載っているのですが、私はこれを見るのをいつも楽しみにしています。なんといってもみんなの知識量や意見の深さがすごすぎる!なるほどと感心する内容が本当に多いんです。これを読むと自分の理解も深まり、レポートの構想も新たな方向性が浮き彫りなったりします。今回もゼミ生に刺激を受けるリアペが盛りだくさんでした。

4.論文の書き方の学習

今回は前回までの論文の書き方についての振り返りをしました。

まず初めに論文とは何か。大学生も1人の研究者である。そのため、論文を通して研究の成果を発表する権利があるとのこと。そして、論文は青春の叫びではない!読者を説得するための文章であり、自分の意見をただ述べれば良いというわけではありません。この青春の叫びではない!という表現が私にはしっくりきました。自分の考えとか思ったことを述べていいわけではなく、論理的に理解を求める構造が求められるわけです。一気に難しく思えてきました、、

続いて、引用の方法について。論文を書くにあたり、他の文献から情報を集めることは当然のこと。これを自分の文章に引用する方法は大きく分けて2つあるといいます。

まず一つは「」に入れて直接引用を行う方法。これは文献に記載された内容を「」にそのまま入れる方法になります。要約したり、言い換えをしたりしてはいけません!

そしてもう一つが文献の内容を要約して引用を行う方法です。これは文献の内容が長い場合などに、要約して端的にまとめる手法です。

以上二つの方法どちらも、引用箇所がどこか分かるように「〜によると」や「〜と述べている」など、自分の意見と区別したことがわかる表現が求められます。

そして!これらを引用した際には絶対に引用文献リストを付けなければなりません。これをやる際でも分野によって違いがあるんですね。

人文科学系の論文では、注番号を用いて、注の中に引用文献を記載します。

一方、社会科学系の論文では、著者名と公刊年を用いて文献リストを繋ぎます。

分野によって引用の方法が違うとは!全然知らなかったです。

論文を書く際には色々なところに注意を配り、定型に従うことが大切ですね。なんといってもゼミ生はあと1ヶ月の間にこれを使って論文を完成させなければならないので!へぇ〜って思うんじゃなくて、実践していかないとですね、、泣 大変だ〜〜!

以上が第12回の授業の内容でした。

こんな感じでまとめてきましたが、、

とても難しいですね文章にまとめるって作業。

しかし!書いていくうちに楽しくなってました。

もしまたやる機会があるならばもっと

おしゃれに、賢い人!面白い人!って感じで文章書きたいですね。

「つらいな」って最初は思ってたんですがこういうき

かいってあまりないのでやれて良かったです。あとは

レポートが待ってますね、、しかも冬休み中、泣 頑張っていきましょう!!!

とりあえずここまで乗り越えたからには完成させます!上の最後の文の秘密に気づくでしょうか!最後まで読んでいただきありがとうございました。。

ではでは!また来年!!!!!(^^)/

2年ゼミ第10回「本当に伝えたいことは先延ばしにせず最初に言うのが吉」

みなさんこんにちは〜!第10回のブログを担当します、佐藤舞です。佐藤、の時点で分かっていただけると思うのですが、日本一ありきたりな名前で残念ながら特筆することもありません。ですが、せっかくなので1つだけ佐藤あるあるでも言っておこうかなと思います。

「クラスに自分以外の佐藤さんがいなくても先生からフルネームで呼ばれる」

前置きはこのぐらいにして、今回もかなり内容が盛りだくさんなので、さっそく本題に入っていきたいと思います。

1.前座

今回の前座は関根さん。テーマは「コミックバンドで笑顔に」。ユーモアに溢れた歌詞を主体にした楽曲を演奏するバンドである、コミックバンドの紹介をしてくれました。

1つ目に紹介してくれたのは、打首獄門同好会。生活感溢れる歌詞と高い技術による演奏が特徴のバンドです。2つ目は、ヤバイTシャツ屋さん。メッセージ性を極力排除した歌詞が特徴となっています。

これらのコミックバンドを周知させ、聞かず嫌いをなくしたい、またコロナ禍における笑いの大切さを伝えたいといった関根さんの思いが伝わってくる、非常にアツい発表でした。

笑いの大切さを伝えるため、笑いの効果を医学的根拠に基づいて述べるなど、説得力がありつつ笑顔になれるような発表で、構成も素晴らしかったです。

余談ですが、筆者もヤバTことヤバイTシャツ屋さんが結構好きです。特に受験期に頭をからっぽにしたい時によく聴いていました。個人的なおすすめ曲は「ざつにどうぶつしょうかい」です。ざつにどうぶつをしょうかいする、それ以上でも以下でもない歌詞が大好きで、中毒性のある曲なのでぜひ聴いてみてほしいです(関根さんの代わりに宣伝)。

今回紹介してくれた打首獄門同好会は、名前を見て「う、打首…?!」とギョッとしがちですが、関根さんの発表にもあったように聞かず嫌いせずにぜひ聴いてみようと思います。

2.レポートの構想発表

1人目の発表は石橋さん。テーマは「細田守監督作品における家族像」です。サマーウォーズやバケモノの子、おおかみこどもの雨と雪といった作品の中で描かれる、いわゆる特異性を持つ家族に着目するそうです。例えば、おおかみこどもの雨と雪の場合は人間ではないうえ母子家庭である、というように不完全な家族が描かれます。

石橋さんの問題意識が今の時点でかなり明確なので、綿密な内容のレポートになりそうだなと思います。

2人目は木川さんです。木川さんのテーマは「千と千尋の神隠しにおける油屋は優良企業か」。

非常に興味深いテーマ設定だなと思うのですが、ここで重要になるのが「何をもって優良企業とするのか」ということでした。企業の良し悪しを判断する絶対的な価値観はないため、一口に優良ではない!と言うことは難しいという先生のご指摘がありました。

また、レポートを書くにあたって意義が必要となるため、単に優良かどうかということにとどまるべきではない、といった問いに対するアドバイスがありました。

すごく面白い視点なので、最終的に木川さんがどのような問題意識を持って油屋を分析していくのか、非常に楽しみです。

3.リアクションペーパーに対する応答

今回もたくさんの興味深いリアペが勢揃いしました。一部抜粋して紹介します。

はじめに、K-POPアイドルのルッキズムやジェンダーに対する問題について述べた、坂入さんの前座について。

ファンはアイドルを好きだからこそ、これらの問題から目をそらすべきではなく、ファンの価値観も今後問われるのではないか、といった意見が挙げられました。また、韓国のアイドルと比較して、日本の音楽文化はあまりジェンダーやルッキズムの問題に触れさせないことに対する疑問の声もありました。

次に、前回のレポート構想発表の1人目、斎藤さんに関して。ポケットモンスターの悪役の変容に対する理由を考察する意見が見られました。特に、犯罪が犯罪者個人の責任ではなく、社会的な責任として捉えられ始めていることが影響しているのでは、という意見は興味深いです。

構想発表2人目の竹本さんに対しては、具体的な他の映画を例に挙げ、こんな作品を分析したら面白そう!という提案が数多くありました。

4.批評理論の学習4:ジャック・デリダ「脱構築」

今回の授業では、デリダの音声中心主義批判について学びました。

声と文章という二項を並べたとき、私たちは音声の方が先であるという先行関係を思い浮かべがちです。

ソシュールの言語学では、エクリチュール(文字言語)はパロール(音声)を投影した副次的なもの、つまりついでだと考えられていました。特にヨーロッパにおいては、声(音声言語)と文章(文字言語)の2つは対立するものでした。

この考え方に対して異議を唱えたのがデリダです。脱構築という方法を用いることで、音声中心主義を批判しました。

「ワンワン」ということばを例に挙げてみます。私たちは「ワンワン」という鳴き声を音声、つまりパロールにより耳にすると、「ワンワン」という音声が先行していると考えます。しかし、実際にはそのパロールが「ワンワン」であると認識するにあたって、脳内でエクリチュールに変換するという過程が含まれる。つまりパロールを伝える過程でエクリチュールが入り込んでいるのです。

音声に書記言語が入り込んでいる、と考えることで、従来の音声と文字言語の二項対立の構造を批判しました。

また、デリダの民族中心主義に対する考え方についても学習しました。当たり前のように書記言語を使用する文化を持つ私たちは、無文字社会を「無垢」なものとして位置付けてしまいます。しかし、デリダはこれをヨーロッパの自民族中心主義に基づく、として批判します。エクリチュールはパロールの派生であるという時間的な発展に基づき、文字社会は無文字社会の発展であるという考え

少し説明が長くなってしまいました。前回のリアクションペーパーにも意見がありましたが、脱構築はまさに天才的な考えだなと思います。

5.パラグラフ・ライティングの学習

まず抑えておくべき点は、パラグラフと段落の違いです。パラグラフの直訳は「段落」ですが、実際には両者には明確な違いがあります。段落はなんとなく同じ内容の文章のかたまりであるのに対して、パラグラフとは意味付けされた文書のまとまりのことを指します。

パラグラフ・ライティングをするうえで重要となるのは、「トピック・センテンス」を必ずパラグラフの先頭に置く、という点です。論述文を書くうえで、トピック・センテンスの役割を理解することは欠かせません。

とにかく重要なことは、パラグラフ・ライティングをする上では1文目であるトピック・センテンスが超重要、ということです。

私は文章をだらだら書いてしまいがちなので、この点には留意していきたいです。

ということで、今回の講義の内容は以上になります。

これほど長い文章を不特定多数の人に見られる形で書いた経験がほとんどないので、なんだか緊張しました。最近はSNS上での何気ない発言が取り沙汰される時代なので、発信すること自体が少し怖くなっている部分があったのですが、いざブログを書き始めてみると思ったより楽しんで書けた気がします。

拙くまとまらない文章でしたが、読んでいただきありがとうございました!

2年ゼミ第9回「乱れても変わらない日本語力」

こんにちは、第9回ブログ担当の木川です。

流れ的にまずは名前の話から始めようと思います。木川という名字ですが、濁点をつけて読むのかどうかと聞かれることが多いのです。私の木川は「きがわ」と濁点をつけて読みます。濁点をつけるかつけないかは、名字を作った人のこだわりなのでしょうか?名字について全然知らないので、気になるところではあります。ですが濁点をつけるかつけないか、どちらかで統一していただけると、私自身も迷わず読めるのでいいな~と勝手に思っています。

では、授業内容に入ります。

1. 前座

今回の前座は、坂入夏さんです。

最近のK-POPの良さから、ジェンダーやルッキズム問題まで様々な視点でK-POPを紹介してくれました。最近のK-POP では、作詞作曲をアイドル自らがしたり、アルバムのプロデュースをしていて、本人たちのメッセージがファンにより伝わりやすくなっているそうです。またK-POPアイドルといえば、その素晴らしい容姿に憧れを抱いている方も多いのではないでしょうか?ですが、この容姿のためには体重制限や男性らしさの押し付けがあり、これらが本人たちを苦しめてしまっているのではないかとのことです。K-POPの良さを知るだけでなく、勉強にもなるお話でした!

2. レポートの構成発表

1人目は、竹本光さんです。

竹本さんのテーマは「映画やドラマにおける登場人物の人数」で、この登場人物の人数とは総計の人数ではなく、場面ごとの人数とのことです。「ホームアローン」であれば、なぜ泥棒は2人だったのか?「花より男子」であれば、なぜF4は4人組だったのか?などなど。たくさんある作品から、どんなジャンルで、どの視点から分析するのでしょうか。とても面白いテーマです!

2人目は、齋藤穂花さんです。

齋藤さんは「ポプテピピック」と「ポケモン」の二つの作品で迷っているとのことでした。「ポプテピピック」では、どうして竹書房は爆破されたのか?というテーマ。「ポケモン」では、悪役の質の変容についてというテーマでした。どちらも面白そうなテーマですが、「ポケモン」の方が取り組みやすいのでは?という意見があり、「ポケモン」を推す声が多かったです。齋藤さんはどちらを選ぶのでしょうか?楽しみです!

3. リアクションペーパーに対する応答

今回もみなさんの素晴らしいリアぺがてんこ盛りでした。その中でも、ジェンダーの話が盛り上がりました。コスプレにもステレオタイプがあり、女装にも色々あるのではないかということや、同性カップルなどLGBTQに対して、社会によって享受の仕方が違うことなど。実際にオランダではどう享受されているかを聞き、日本との違いを感じました。このような違いは、作品への影響があるのではないかという話にもなりました。今回も新たな発見ができた時間でした!

4. 課題文「日本語は乱れているのか」に関する宿題の解答

課題の答え合わせをしながら、文章の構造について学びました。この課題文の第3章は反論が多くなってくる部分なので、事例をたくさん用意する必要があり長くなっています。事例を分厚くすることで、説得させるとのことです。ですが、このように文章が長くなってくると、読むのが大変になってきますよね?(私はなります笑)そこで、論文を構造から読み解くという方法があります。構造から要素を取り出すように読むことで、すっきりして見えるようになるのです。そのため論文が読みやすくなり、量も読めるようになります。私みたいな活字が苦手な方にも、論文が読みやすくなる!というおすすめの方法です。これからはこの読み方で頑張ります…!

5. 批評理論の学習4:ジャック・デリダ「脱構築」

ジャック・デリダはアルジェリア出身で、中心地の出身ではないことが重要です。そんなジャック・デリダは、脱構築という新たな概念を立ち上げました。脱構築とは、Aの中にB的な要素があり、AだかBだかぐちゃっとした状態にすることです。そのため、AとBは対立しないことになります。この具体的な事例は来週となりました。

以上が第9回の授業となります。

今回初めてブログを書いてみて、自由だからこそ文章力が問われている気がしましたね。みなさんのブログが面白すぎて、日本語が下手と言われてきた私ですが、人を惹きつけられるような文章を書けるようになりたい!と思ったり。(あぁレポートも頑張らないと…)

長くなりましたが読んでくださり、ありがとうございました!それでは~。

7期生ブログ第18回『現実逃避?いや、現実と戦うためのパワーチャージだ』

12月2日(木)のゼミでは、オリエンタリズム研究の題材として、ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トーキョー」を扱った。この作品は、家庭や仕事について悩みを抱えているアメリカ人の男女2人がそれぞれ東京のホテルに宿泊し、言語や文化もわからない孤独の中で出会い、交流を深める筋書きだ。

そもそもオリエンタリズムにおいて、西欧の男性はアジアの女性を肉感的でエロチックな存在であると規定し、それとは対照的な自分を理性的な人間だと確立する。つまり、他者を規定することによって、それとは違う自分を初めて確立できるようになるのだ。本作で、物語の前半で精神的に日本から疎外されていたアメリカ人である2人が、後半にいくにつれ自らを取り戻せたことは、人を疎外されている人とされていない人に分けるのではなく、アメリカ人、日本人といった人種では他者を規定できないのだという考えにシフトできたことが要因ではないかと考える。その根拠は2人が東京の夜の街で様々な言語を使う人と会話、交流をしたことや、他のアメリカ人、ドイツ人のような白人が近くにいてもそこには馴染もうとしなかったことなどが挙げられる。単なる彼ら2人と日本人との対比構造ではなく、様々な人種の人間が作品には出てきて、その中には彼らと同じアメリカ人もいたのに彼らは異国の地で心を通いあわせることはなかった。

2人の主人公−−−−−−シャーロットとボブは、何もオリエンタルな枠組みからのみ脱出した訳ではない。彼らは様々な面で疎外を感じていたし、そのたび孤独を感じてもいた。シャーロットが東京に来たのはフォトグラファーである旦那さんの付き添いであるが、自身は物書きを目指しているがまだ芽は出ていない。そんな夫との関係にも違和感を感じていた。だが東京で高尚な神社や花道に全く何も感じなかったがアングラカルチャーに自ら飛び込み楽しんだ経験により、夫からはお高くとまっていると言われていたシャーロットはこれから旦那さんのカルチャーをフラットに見ることができるかもしれない。もう1人の主人公、ボブは俳優だが最盛期は過ぎ、日本のCMには出演するものの、本国での俳優としての活動は思うようにいかなくなっていた。そして結婚して長い妻との関係にも倦んでいた。普段の夫や俳優という属性が東京という地でアンロックされることを彼は望んでいたのかもしれない。アメリカ人のファンに対応を求められた時、遠慮して引く態度をとったことも関係があるだろう。2人は同郷なのだからアメリカに帰っても交流を続けようと思えばできたはずだがそうはなりそうになく、2人の関係は東京の地でだけ成り立つものだ。それはお互いにとってお互いが非日常でなければその地で得たもの、感じたことが無駄になってしまうからで、もしアメリカで出会ったとしたらこのマジックはかからなかった。

物語のはじめ、男性主人公のボブがタクシーから東京の街を眺めるとき、その目は目新しい景色に泳ぎ、戸惑っていた。しかし、ラストシーンでアメリカに帰る際に乗ったタクシーからは、落ち着いた眼差しで東京の街を眺めていた。他者と自分の規定が変わったことで、彼らの見ている世界は変わった。今見ている現実は自分の見方によって変わるということを知った彼らは、アメリカでの普段の生活に戻った時、それまでとは違うようにそれらを見ることができるだろうし、自ずと家族や仕事とも向き合うことができるようになるだろう。

非日常は私たちの世界の見方を時に変えてくれる大切なものだ。だからこそ日々に疲れた時はフィクションの世界に浸ったり、旅に出ることは悪くないと思う。そこで世界と自分に対する、自らの先入観を捨て、元の現実と戦うパワーを身につけて帰ってくることができるかもしれないから。

(最後になりましたが、先日の無用之用さんでのイベントに来てくださった皆様、ありがとうございました。たくさんの人が来てくださって、お話できてとっても楽しかったです。また、一緒に店長をした徳村さん、機会を与えてくださった先生もありがとうございました。本来なら何か企画をするべきだったのに、私の力不足でできなくてごめんなさい。でもやって良かったと思います。今回来られなかった皆様も、無用之用さんはとっても素敵な本屋さんで売られている林檎も美味しいので機会がありましたらぜひ立ち寄ってみてくださいね。私も林檎をたまに買いに行くつもりです。)

村上菜々子

2年ゼミ第8回「天才の思考の片鱗に触れる喜びを噛みしめる時、自分もまた天才になったと錯覚してしまう」

今回、第8回のブログを書かせていただく形部龍之介です。ここまで同じゼミに参加されてる皆さんにはぜひルビなしで読んでいただきたいと思います。名前について触れることが定例となっているらしいので触れておくと、この名前(特に苗字)を初見で読める人はあまりいないと思います。ついでに書き間違えもよく起こります。形部が刑部になっているなんてことはよくありますね。前置きはこのくらいにして授業の内容を振り返るところから始めます。

  • レポートの構想発表

 一人目は自分でしたので感想を込みで話させていただきたいと思います。自分がテーマとして取り上げたのは「宇宙よりも遠い場所」という作品です。女子高生が南極を目指すという結構びっくりするような設定のものですが、設定だけでなく話も作りこまれていてとても面白い作品であり、2018年の覇権アニメであると個人的に思っています。(覇権アニメの話をすると大概もめるので個人の感想にとどめておきます)いろんな意見を聞き、自分の頭で考えるだけでは限界があると感じました。発表後に気づいたのですが、作品を分析し発表するということは、ネタバレをしてしまうということになります。素晴らしい作品なのでネタバレをしたくないという思いとレポートで扱いたいと思う気持ちのジレンマはいかんともしがたいですね。

 二人目の発表者は佐藤舞さんでした。女児向けアニメであるプリパラを分析するという非常に興味深い内容になっていました。プリパラという作品は年齢や性別に関係なくアイドルになれる空間が存在するという世界観のもので、作品の内容自体もとても興味深いものであると感じます。近年の女児向けアニメは、いろんな価値観が反映されているように思います。プリキュアを例に挙げると、男の子だってプリキュアになっていいんだと肯定するシーンがあってからの男性プリキュアの誕生、出産するプリキュアなど社会性が反映されることが珍しくなくなってきているように感じます。プリパラというアニメもそういう意味で非常に興味深い分析対象だと感じます。レポートの発表が楽しみですね。

  • リアクションペーパーに対する応答

 今回のリアクションペーパーに対する応答をもってして、ようやくバルトの「作者の死」の内容が完了しました。何回もかけて読み解かねばならないような内容のものをゼロから生み出したロラン・バルトという人物の天才性に彼のテクストを読み解くことでふれられたことを非常に幸せにすら感じます。応答の中で出てきたローマン・ヤコブソンの日常言語においては不足なくメッセージが共有されるということは従属関係があるのだという考え方も自分の中には到底ない考え方でした。大学で学ぶ理論などはどれも天才が考えたものであると感じます。天才の思考に頭をぐちゃぐちゃにかき乱されながら、自分の考えが組み替えられ、成熟していく。その過程を楽しめる人間になりたいと感じました。

  • 論文の書き方の学習:パラグラフライティング

ここで、今までの文章とは趣向を変えてみようと思います。

題「つめる」

 期末レポートの文字数を聞いた時、おもわず笑いが込み上げた。8000字というその分量は今までほかの授業で課されてきた文字数の4倍近くにあたるものだったからだ。取り組み始めないことには終わりは来ないので、テーマを選び、課題に沿ってレポートの大きな流れをぼんやりと固めた。しかしまだ8000字という文字数は途方もないものに感じていた。             

そんな気持ちとは関係なく時間は過ぎていく。最近一気に冷え込んできたからか、いろんなことが不安に感じる。授業が8講まで進んでいるという事実もまた不安を掻き立てる材料にしかならないのだ。今日の講義はパラグラフライティングを扱うものであった。論文の書き方を示されるたびに、レポートの進捗がないことが良くないことのような気がして、気分がより一層沈んでいく。

だが、落ち込んでいても腹は減るものである。授業が終わって帰ればもう夕飯時だ。その夜は、自分の胃と相談した結果ピーマンの肉詰めを作ることにした。材料を買って帰り、玉ねぎを刻み、肉と混ぜて肉だねを完成させた。肉詰めの作業の一番手間なところは肉を詰めることである。ところが、悩みがある日は無心で肉を詰める時間が悩みを忘れさせてくれる。

黙々と無心で肉だねを詰めているとき、この作業はパラグラフライティングに近い作業なのではないかと感じた。そのまま焼いてもハンバーグとして成立するであろう肉だねを、ピーマンというアウトラインの中に詰めていく。共通項を見出すことでピーマンの肉詰めと論文が似たものであるかのように感じた。そう考えると何も難しいことはない。8000字という文字数であろうとやることはピーマンの肉詰めと変わらないんだから。

気分も晴れやかになり、おいしくできたピーマンの肉詰めを食べて腹も満たされた。不安なんてもうない。さて、レポートの内容をつめていかなくては。

  • 最後に

 内藤まりこゼミがもともと小説を書くゼミだったと聞いて、授業内容を踏まえつつ何か書けないかと考えた結果が先ほどの文章です。フィクションなのでピーマンの肉詰めは実際には作ってません。登場人物が独りで会話がないと難しいですね。つたない文章ですが読んでいただけたならありがたいです。もう2000字以上書いているみたいですが、意外と楽に書けたので8000字も案外すぐなのかもしれませんね。これにて今回のブログを示させてもらいます。最後まで読んでくださりありがとうございました。