皆さんこんにちは!土田です。
もうすっかり秋らしくなってきましたね。(と思っていたら何だか蒸し暑い日々が戻ってきたので油断はできませんが)
長かった夏休みもまもなく終わりをむかえます、、、そうは言っても週に数回の授業が始まるだけなので生活リズムはあまり変わらなそうです。秋学期が始まるといよいよ卒論の二文字がそびえたってきてハラハラドキドキですが、様々な物事にしっかりと向き合って完成まで走り抜けたいです。
それでは例にもれず2か月前の授業を振り返りたいと思います。
今回は『Film Analysis』から「アートディレクション」について、井上さん担当で学びました。
アートディレクションとは、映画の中の視覚・聴覚的な環境を構築するものであり、ロケ地の選択やセットの設計・道具や衣装・照明・色彩・音響・言葉や発話などが意味付けのための重要な要素となっています。
特にロケーションやセットの設計は、視覚的・意味的に多様な可能性が含まれているため、様々な役割を見出すことができます。
例えば、このゼミでも前半に分析した『シャイニング』は、セットに大きな特徴があります。
舞台のホテルにはアメリカ先住民のモチーフがあらゆるところに散りばめられていますが、これは展望(オーバールック)ホテルが先住民を殺戮してきた歴史をオーバールック(見て見ぬふり)してきた歴史のメタファーとなっています。
また、セットも単なる背景ではなく、登場人物のアクションの示すことを強調する役割を担っていて、『シャイニング』では文明と獣の間の葛藤、境界線がインテリアの縦線によって強調されているとみることができるのです。
物語の舞台となる場所や自然環境だけでなく、寝室や浴室、台所などのセットも意味付けに利用されていることがあります。『シャイニング』のもっとも有名なシーンの一つである浴室からは、心と身体、文明によって可能になったコミュニケーションと、それ以前の身体的衝動の間の分裂を表していると言えます。
また、他にも小道具や衣装、光や影を操作する照明、カメラの色彩などが意味付けに用いられています。
今回はアートディレクションの観点を取り入れながら『ジョジョラビット』を分析しました。
『ジョジョラビット』は第2次世界大戦下のドイツを舞台に、10歳の少年ジョジョの視点からテンポよく描いた作品で、セットや衣装など魅力的なアートディレクションが特徴的です。噂で聞いていましたが実際に見てみると、本当にセットや色彩などがかわいくて(?)トキメキポイントが沢山ありました。
私たちは、ジョジョのイマジナリーフレンド、ヒトラーはどのような役割だったのかという問いについて考えました。
ジョジョは、父親が軍隊から脱走(つまり規範から逸脱)していて、また子どもであるため大人のような力がない、という二重の意味でクィア的存在であったと言えます。そのクィア性を補ていするために空想上の友達としてヒトラーを作り出したと考えられます。
そして、このイマジナリーフレンドとしてのヒトラーの映し方には映画の前半と後半で変化がみられます。前半、イマジナリーヒトラーはジョジョの部屋でジョジョが来るのを待っているが、後半はヒトラーがジョジョのもとへ行きます。これは、後半になるにつれてジョジョがイマジナリーヒトラーのことを必要としなくなったからだと考えられます。
また、イマジナリーヒトラー自体の存在があいまいになったり、風景の彩度が冷たくなったりと視覚的な情報から、ジョジョの心理状態が変化したと言えます。
これより、ジョジョのイマジナリーフレンド、ヒトラーはジョジョにとって父親の代替者であったと同時に、家族の象徴であったダンスをユダヤ人のエルサと最後にしたことから、父親的存在を空想する必要がなくなったと考えることができます。
アートディレクションに関する分析は、考察の域に入ってしまうものもありそうですが、より多様な解釈をすることができそうでとても興味深かったです。
今回の授業内容はこの辺りで終わりにしようと思います。
余談ですが、夏に見たかった作品リスト、去年見たドラマ2本は見れずじまいなのですが、毎シーズン見に行ってる映画と初めてのドラマ『すいか』は見ることができました!ちゃんと夏を終わらせられた気分です(^_^)『すいか』は見たいなと思っていた時に先生からもおすすめしていただいたので、時間をかけて大切に見ました!まだまだじっくりと味わいたいいいドラマでした!でも、はやく2週目にも行きたいなー
そして、私はこれが最後のブログです!
もう少し大切に書きたかったなぁなど反省を抱えながら秋学期にコマを進めたいと思います!ここまでお読みくださりありがとうございました!
それでは!