こんにちは、はじめまして!
11期生第3回のブログを担当します、井上紬といいます。
作品としてのエンタメを味わうことはもちろん、自分自身がエンタメの一部になりたくて、ホテルのフロントスタッフとしての接客と、フラッシュモブというダンスによるパフォーマンス活動に力を入れています。
自分が書く論文も、読んでくれた人に新しい気づきや感動を与えられるようなエンタメとなるように執筆活動に励みたいと思います。
これからよろしくお願いします!
前座
今回の前座は私が担当しました。
紹介したのは「童話物語(向山貴彦、1999)」。
私にとって人生の一冊であり、亡くなった伯父が生前に著した長編ファンタジー小説でもあります。
手に取ったきっかけこそ伯父という私との関係性でしたが、実際に本を開いてからはただただその世界観に魅了され、作者と切り離しても私のバイブルであると胸を張って言える作品です。
いつかこの作品をアニメ化し、多くの人に魅力を伝えることが、11歳の頃からの私の目標です!
ちなみに現在この話をして、「何その本、気になる・・・!」と言ってくれたゼミの仲間たちに文庫版を貸して回しています(笑)今は土田さんが上巻を読んでくれているようで、感想を共有できる日が今から待ち遠しいです。
3限 「批評理論入門ー『フランケンシュタイン』解剖講義」
3限は藤田さんが「提示と叙述」と「時間」について発表してくれました。
〈提示と叙述〉
この章では、小説が大きく分けて2つの方法で語られていることを指摘しています。
それが提示と叙述です。
提示とは語り手が介入したりせずに黙ってあるがままを示す方法、叙述とは語り手が前面に出てきて要約などによって読者に対し解説する方法です。
著者の廣野さんは、作品の各部分においてこの2つの方法のどちらかふさわしい方が選択されるべきであるとしています。
実際に『フランケンシュタイン』では提示と叙述がうまく使い分けられており、作品を最後まで読ませる工夫がされています。
特に授業中にも議題に上がったのが、フランケンシュタインによる怪物創造のくだりが叙述の方法で語られていることについて。
本書は、要約して語ることで読者はフランケンシュタインに対する共感を保ちつつ物語を読み進めることができると述べています。
ではここでいう共感とはいったい何に対する共感なのでしょうか。
議論の末に出た結論は「人間らしさ」です。彼の怪物創造という行為は人倫にもとる行為であり、「人間らしさ」とはかけ離れています。また、昔は人間をつくることができるのは神だけだと考えられていたことから、フランケンシュタインはその点においても「人間らしさ」とは距離があるように思われます。そこで、実際に怪物がつくられるおぞましい様子は省かれたうえで、フランケンシュタイン自身がその時のことを振り返って「いま思い出しただけでも、めまいがする」と述べることによって、完全には失われていない彼の「人間らしさ」に共感して読者は読み進めることができるのです。
〈時間〉
続くこの章では、物語における時間の操作がどのように行われているかについて指摘されています。
時間で主に操作されているのは順序と速度です。
まず順序について。
ジェラール・ジュネットは、出来事が単に起きた順に並べられる「ストーリー」としばしば時間の移動によって並べ替えられる「プロット」で互いの順序が合致しない場合を「アナクロニー」と名付けました。
「アナクロニー」には大きく2つあります。それが「先説法」と「後説法」です。
「先説法」とは、まだ生じていない出来事を予知的に示す方法です。また、すでにある程度進行している物語の途中から語り始める「イン・メディアス・レース」という方法も「先説法」の一種にあたります。
「後説法」とは、出来事の継起を語っている途中で過去の出来事や場面に移行する方法です。「フラッシュバック」とも呼ばれ、映画でもよく用いられます。
次に速度について。
物語の進行速度には大きく分けて4つあります。
それが「省略法」と「要約法」、「情景法」と「休止法」です。
「省略法」とは、ある期間を一気に飛び越える形式です。「こうして数か月がたった」という表現や「2年後」という表現がこれにあたります。
「要約法」とは、数日間や数か月、数年に及ぶ生活を詳細抜きにして数段落や数ページで要約する形式です。
「情景法」とは、物語内容の時間と物語言説の時間の速度が等しい形式です。台詞の掛け合いで物語が進んでいく場面などがこれにあたります。
「休止法」とは、語り手が物語の流れを中断させる形式です。語り手が自分の心情や置かれている状況を語るなどして物語それ自体は進んでいない場面がこれにあたります。
この3限では、これらの時間の操作について互いの違いを確認することができました。
4限 ジェラール・ジュネット「物語のディスクール」(1972) 時間
4限はジョウさんが発表してくれました。
ジュネットの著書を実際に読み込むことで物語における時間の操作について理解を深めていったのですが、この読み込んで理解するという作業がかなり難航しました。
ジュネットが例に挙げるプルーストという作家、そして彼の作品である「失われた時を求めて」は非常に特殊で、抽象的な本文の記述からは物語がどのように進行しているのかを具体的に想像することが難しかったのです。
実際に議論は次の週まで続きました。
ポイントとなったのは以下の2点でした。
1.括複的描写とはどのような描写であるか。
2.プルーストの情景法にはどのような特徴があるか。
まず1.について、最終的に辿り着いた結論は「数回起きた事柄を同じ時間に存在しているかのように見せることでただ一度だけで語ることを可能にした描写」です。過去も現在も同じ画面あるいは描写に混濁させることで実現することが分かりました。
次に2.について、最終的に辿り着いた結論は「確かにリアル・スピードで進む(内容と言説が等しい速度で進む)が、間にさまざまな情報が介入してくるので複雑化している」です。要するに寄り道をするのです。まるで実際に生活している私たちのように、語り手の意識の流れがそのまま反映されているので、物語として読み進めていくと話があっちに行ったりこっちに行ったりして少しややこしさを感じてしまうという特徴があります。
両者ともに結論を出すのに時間はかかりましたが、先生から助言もいただきながら皆で納得できたときには格別の達成感を感じました。
個人的には 第2回 ロラン・バルト「作者の死」に並ぶ抽象度の高い文章で読むのに苦労しました・・・(笑)
少しずつこのような文章にも慣れていきたいです。
ではこれにて、第4回の授業内容は以上となります!
最後に、最近イチオシの映画をひとつ挙げて終わりにします。
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」(2024) ※日本では現在数十か所の映画館にて公開中
香港で制作されたアクション映画なのですが、これが本当に面白いのです。手に汗を握ります。
はじめ私は九龍城という舞台に惹かれて足を運んだのですが、想像以上に作り込まれたセットに圧倒されたうえ、見た目も中身も個性的なキャラクターたちに、少年漫画をリアルに再現したかのようなド派手なアクションなど、盛りに盛られた魅力的な要素に心を奪われ、なんとこの1週間のうちに3回も観に行ってしまいました。こんなことは初めてです。財布が許してくれるのならまた観に行きたいです(笑)
上映館が少ないのが玉に瑕なのですが、皆さんもぜひこの機会にご覧になってみてください!