2年ゼミ第5回「前前前世」

 こんにちは。第5回担当の坂入夏と申します。名前の話の流れはもういいかなと思ったのですが、お2人とはまた違った意味で結構珍しい名前ですよね。春さん秋さん冬さんにまだ会ったことがないのですが、春夏秋冬コンプリートしたいというのが密かな夢です。

 何について書こうかなあと頭を悩ませていたところで唐突ですが、「縁」について考えていることを書いてみようかと思います。実はつい数日前にとあるアーティストのコンサートの当落発表があり、なんと!なんと!!落選しました!!!残念!!!!兄も応募していましたがこちらも落選。そういうこともありますよね。こういうとき、私は「まあ縁がなかったんだなあ」と思うようにしています。買おうかどうしようか迷った挙句「明日になっても気になっていたら買おう!」と思って狙っていた洋服が、翌日行くともう売れていたときも「縁がなかった!でもその分のお金はまた別に使えるわけだし!」と割り切って前向きに考えるわけです。(もちろん悲しいは悲しいのですが。)

 何が言いたいかというと、自分ではどうしようもない力って絶対あるよね〜という話です。どんなに頑張っても、祈っても、ちょっとしたことで叶わなかったことって世の中いっぱいあると思っています。ですが、目標としていたものと、結果的には違っていても実はそれがいい方向に結局は導いてくれたりもします。(私のまだ短いたった20年の人生でこんなことを言うのは気が引けますが。)今こうして内藤ゼミで一緒になった方々は何かのご縁が「ある」ということだと思うので、ぜひ仲良くしてください!とてもとても人見知りですが、話しかけてくれたら嬉しいです。

前置きが長くなりました。本題の授業内容に入りましょう。

1.今後の予定確認

 第13回、第14回の2回にわたって研究成果発表会を行うことになりました。みんな!頑張ってそこまで生き抜こうね!ちなみにレポート8000字はまだ私は書いたことがありません…。不安がすごいです。

2.ゼミ活動振興費

 ゼミの活動費で美術展や映画、書籍の購入がOKになりました。ただし領収書がないと返金できないそうです。絶対忘れないようにしましょう。ちなみに私はゴッホ展行きたいです。

3.リアクションペーパーに対する応答

 毎度熱いこのコーナー。今回もドラえもんの分析をしたリアクションペーパーがありました。これをまとめただけで学期末レポートが書けてしまいそうなくらいレベルの高いリアぺで、毎回楽しみです。

4.レポートの構想発表:佐藤杏海さん

 前座トークだけでなくレポート構想発表のトップバッターも務めてくれた佐藤さんのレポートのテーマは、「擬人化」について。具体的な作品よりも擬人化という現象に焦点を当てるそうです。どのような問いにするか、まだ迷っていたのでグループに分かれてそれぞれ問いを出し合いました。「なぜ人は擬人化するのか?」「なぜ擬人化は人を惹きつけるのか?」など、8000字には収まらなさそうな壮大なテーマしか私には思いつきませんでした。字数と期間が足りる範囲内のレポートを書くには、どういう状況でどういう人が惹きつけられているのか、などもっと掘り下げて考えていくことでより明確で具体的な問いを立てることができるそうです。これから構想発表する人は多いと思うので、ぜひ参考にしましょう。

5.批評理論の学習:3ロラン・バルト「作者の死」

 さて、最後に本題のロラン・バルト「作者の死」です。初めはグループになって、まずはこの訳の分からないものに取り組んだ健闘を称えあいつつ、ロラン・バルトは何が言いたかったのかを確認しました。後半は先生の講義形式になりました。「作者の死」の要点は主に4つ。この日はそのうちの1つ目である「作者について」の要点と、そもそもロラン・バルトとはどのような人であったかを学びました。

 ロラン・バルトはフランスの批評家・文学理論家で、文学だけでなくファッションや日本論など、幅広い分野の批評をした人です。彼が活躍した1960年代のフランスは構造主義全盛期で、ロラン・バルトはそれを牽引していった第一人者でした。大学生なら文学を勉強している、していないに関わらず構造主義について誰もが語り合えるような、アカデミーが開けていた時代だったそうです。ではなぜ、1960年代のフランスで、構造主義が流行したか。第2回の授業で取り扱ったプロップの「31の物語の機能」を代表とする、1920年代に花開いたロシアのフォルマリズムに関する本が英訳を経て仏訳されたためでした。

 では、作者という存在に関してバルトはどのように考えていたか。「作者」とは近代に生まれた「個人」という考え方によって成立した概念であり、作品に意味を与える創造主として位置づけられるようになってしまった。作者によって生み出された作品には全て、作者の意図があり作者の生い立ちが関係していると解釈されるようになった。しかし、それに対してシュールレアリストをはじめとする人々は、作者の意図、言い換えれば「自分の意志」から逃れて作品を生み出そうと試みた。

 近代以前には「個人」という考え方はありませんでした。一人一人物理的に異なる人ではあるけれど、「前世の縁で繋がっているかもしれない」などより緩やかな概念だったそうです。前置きの話はここから思いついたわけです。先生は近代以前の考え方が好きだとおっしゃっていましたが、私もそう思います。シュールレアリスト達は自動筆記という手法によって意志を逃れようとしました。だから彼らは意識の及ばない空間、つまり夢や無意識状態に関心があったのです。

 残りの3つの要点については次回の授業の初めに回すことになりました。エクリチュールについて、私は全然理解できなかったので授業が楽しみです。

授業の内容は以上で終わりです。

佐藤さん、ごめん。期待してくれて嬉しかったけれど、私には面白い文は書けませんでした。そして適正な字数が全く分からずダラダラと長い文章になってしまいましたがここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!では!

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