第4回 6期生ブログ「子ども」

こんばんは、本日ゼミ担当でした。おそらく3回分このブログが円滑に回っていないので、本来ならば7回目になるはずです、、、。

さて、私は最近「子どもを産むこと」についてかなり毎日のように考えています。地元の友達が出産をしたり、友達の兄に子どもが生まれたり、友達の友達の赤ちゃんをSNSで見たり、、、などなど。子ども、出産について考える機会が一気に舞い込んできたという感じです。

ゼミでも何度か話していますが、私は本当に子どもが大好きで、可愛いな、面白いなと思います。しかし、子どもならみんな可愛いので、「自分の子ども」に対してどんな感情を抱くのかが全く想像できません。

そんな私ですが、一応は子どもや子育てに興味がありすぎて、SNSで主婦の「子育てあるある漫画」のような投稿をかなり読み込んでいます。子どもの可愛らしい面白い日常の発言や、子育てで大変だったことを興味本位で読んでいました。しかし最近は考えすぎた結果「全部、産む選択をしたのはあなたなんだから、子育てが大変と言っているのはおかしいのではないかな」と思ってしまい、そういう類の投稿をみるのが嫌になってしまいました。また、子ども、赤ちゃんのことを「可愛い」と言っているのもなんだかおかしな感覚になっています。目的はなんであれ、子どもを「欲しい」というそのシンプルな気持ちだけで世の中の人々はよく人間を生むことができてしまうな、と恐ろしく思っています(笑)

「みんなやっていることだから」「可愛いから」「パートナーとの関係を円滑にするため」「親からのプレッシャー」「パートナーとの子どもが欲しいから」などなど、、、出産する理由なんかいくらでも思いつきますが、私はどんな理由も1人の人生を背負うには軽すぎるように思えてしまいます。

子どもを生むということは、今の時代においてもはや自分のためでしかないように思えてならないのです。(国のためではない、国のためであったとしてもそれは自分のために回帰するようにも思う)

私は子どもが好きですし、子どもを生むときっと楽しいことや喜びがたくさんあるのだろうなと思いますが、自分のため以外の何かを見出せないと中途半端なこの気持ちがずっとどこかに残ってしまう気がします。(と言いつつ、けろっと忘れるかもしれませんが)

一度この思考沼にハマってしまうと永遠にループして抜け出せないと思うので誰かに救ってもらいたいです。

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